管理人『姫乃との』の自己紹介です♪(‘◇’)ゞ

もろもろ雑記

管理人は車、バイク、家関連のDIYが趣味な、アラカンおやじ(2023年現在)です。

DIYやツーリング、ペット関連を中心に、

『これは人の役に立つかも(=゚ω゚)ノ』

『これは楽しいかも♪(*‘∀‘)』

『やったら出来ちゃったかも!(´▽`)/』

といったことを備忘録にしています。

YouTubeでも『姫乃との』で発信中です。よろしければ合わせてご覧下さいませー( ˊ̱˂˃ˋ̱ )!

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このアイコンはEXCELシートの図形描画機能を使って
地味に作成しました('◇’)ゞ

このアイコンはEXCELシートの描画ツールを使って地味にDIYで作成しました('◇’)ゞ

作り方はこちら↓

エクセルの描画ツールを使ってアイコンを自作しました( `ー´)ノ

それでは自己紹介をさせていただきますm(__)m

管理人『姫乃との』 簡単に自己紹介

管理人は子供の頃からモノを作るのが大好きでした。特に武器系はほとんど自作。弓矢、吹き矢、パチンコ、ボウガン、どれも素晴らしい出来栄えだったと自画自賛してます。

管理人は新人類&バブル世代です。ファッションはラコステかフレペリポロシャツの襟立て、カーディガンを肩にかけて、デニムはリーバイス501、スニーカーはK・SWISSのホワイトスニーカー、小脇にはかならずセカンドバッグを抱えている、正に『私をスキーに連れてって』世代。似たような格好がキャンパスに溢れ、皆試験前には昼飯代と引き換えに授業のノートを図書館でコピーする、そんな日常を過ごしている学生の一人でした。今じゃ考えられませんが、歩きタバコって最高にカッコいいなと勘違いしていたことを懐かしく思い出します。

又学生時代、『一生に一度くらいは文化・芸術的な何かを経験してみっか』とあり得ない思いつきをした挙句、何とグリークラブに所属するという暴挙に出ました。素人でも1000時間やれば何とやらで、テナーのソリストやったりもしました。意外かもしれませんが、NHKホールやサントリーホールで歌ったこともありまっせー(/・ω・)/

怪しいアカペラを聴いてみたい方は、こちらをどうぞ。2回歌うので、最後までご視聴してやって下さい( ̄^ ̄)ゞ↓

では次に、趣味で弄っているバイク歴、車歴や、飼ってるクサガメの紹介です(=゚ω゚)ノ

管理人のバイク歴

管理人は幼稚園児のころから『将来絶対バイクに乗る』と決めており、針金を使ってバイクの模型をせこせこと作っておりました。両親は『バイクはあぶないで』と、乗るのをやめさせようとしたようですが、一心不乱に模型を作る息子は頑固でした。聞こえないふりしました。

その後小学生の時に、親と二つの約束をしました。

一つ目は『大学に受かるまでは乗らない、免許も当然取らない』

二つ目が『自分で稼いだバイト代でバイクは購入し、自力で維持する』

一年の浪人生活後に(第一希望ではありませんでしたが)大学に合格し、晴れて念願のバイクに乗ることが出来ました(´∀`*)ウフフ。

・最初に入手したバイクがスズキのマメタン。友達がロハで譲ってくれました。規制前のモデルですが、かなり走りこんだエンジンでしたので、全開で80km/hちょい超えくらいまでしかでませんでした。あまりに楽しくて、夜な夜な走ってました。ノーヘルOKの時代、全開走行すると目から涙が『ツ~・・』って流れるのも楽しかったです。

キックでエンジンをかけるのが、これまた楽しい♪

・マメタンが駄目になり、ホンダのDJ1を新車で購入。新車で購入したバイク、車は、後にも先にもこれだけです。友人がスズキのラブスリー、ヤマハのジョグに乗っていたので、競合車種に対抗してホンダが出したモデルに乗ってみたくなったのが大きな理由です。30km/hから徐々に速度を上げて100kmの距離をきっちり慣らし運転をした後、初めて全開走行した時の感動は忘れませんねー(*´▽`*)♪

オドメーターも10,000kmを超え、一周して走行距離0になるほど、原チャリにしてはかなり走りました。でも最後までメーターは振り切っていましたので、しっかり慣らし運転をした効果だったのかもしれません。

その後駅の原チャリ置き場から盗まれ、600km離れた他府県で不動状態で遺棄された状態で見つかりました。

・最初に乗った中型バイクはXJ400Dです。当時、管理人の周囲にはFX派とRZ派とXJ派が対立しており、管理人はXJ派でした。バイク屋にあるのを初めて見た時から一目惚れでした。ようやっと貯まったバイト代で中古をゲット。とにかく嬉しくて、洗車ばかりしていました。全開走行すると独特の咆哮するようなエンジンサウンドが最高でした。

が、バイト先の店長宅にバイト仲間と一緒に泊まった時、朝起きたら無くなってました。しばらくしてから、大手病院の駐車場で発見されましたが、竹槍マフラー&鬼ハン仕様となっており、転倒した様子でクランクは割れ、不動状態でした。泣く泣く部品取りとして処分しました。

4本マフラーは、俗に『竹槍マフラー』と言われていました。本当に竹槍にされるとは夢にも思っていませんでした(T_T)

・バイトで貯めた金に足りない分を親に前借し、個人売買でVT250Fを入手しました。当時友達が乗っていて、乗らせてもらったらセパハンの楽しさとエンジンの面白さが気に入ってしまったからです。とても程度が良く、北海道ツーリング含め、色んなところにソロツーリングに行きました。このバイクでツーリングの楽しさを知ったようなもんです。

その後妹の愛機になりました。

ウィンカーのカウルビルドインやタンクの『HONDA』のロゴ、デザインが秀逸だと思います

・絶対すると決めていた限定解除、7回目で合格しました。CB750Fかスズキの刀に乗りたかったのですが、当時も大変な人気車種であった為、希望通りの程度と金額のものが見つからず。雑誌の個人売買コーナーに出てたGSXーR750を見つけ、現車確認をさせてもらって、程度の良さに即決でした。レーサーレプリカが全盛期の時代、乗っていると半端なく目立ちました。特に750以上は限定解除免許がないと乗れないので、それこそフェラーリに乗っているよりも垂涎の的で、当時の高校生の視線は半端なく熱かったです(^。^)。ハンドリングやコーナーリングは本当に秀逸で、良く出来たバイクだったと今でも思います。

このボリューム感、堪らなく好きでした。エンジンから熱風が吹き出す夏場は地獄で、夏はカウルの下半分を外して乗ってました

・友達がニンジャ900に乗り換えたので、前から乗りたくて仕方なかったリッタークラスへの乗り換えを決意。大排気はやっぱりカワサキに乗りたかったので、スタイルがとても好きなGPZ1000RXを購入。エンジン音とフレーム剛性、直線の安定性は素晴らしいと感じました。友達のニンジャとつるんで走ると、エンジン音が、『ヒュルヒュルヒュル・・・』とハーモニーと奏でて、とても楽しかったです。しかし、前後16インチのタイヤは、重量級なのにヒラヒラとした挙動で、峠道等では切れ込みが激しく、何度も怖い想いをしました。

本当は赤黒カラーが欲しかったのですが、このバイクが半端なく程度が良かったので即決しました

この後家庭の事情でバイクを降りることになり、約30年ぶりにリターンライダーにて復活。現在の愛機XJR1200&XJR1300に乗ることになります。

当初ほぼノーマルで手に入れた二台ですが、昔弄れなかった反動もあってか、今はこうなってます。その大半を某オークションでパーツをゲットし、DIYで取り付けました('◇’)ゞ。

昔憧れたセパハン&バックステップ仕様
弄りコンセプトはマッドマックス 外装はXJR1200用を換装してます

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